じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【114】富永 裕久『図解雑学 パラドクス』

図解雑学 パラドクス (図解雑学シリーズ)

自己言及のパラドクスやアキレスとカメのパラドクスなど、古今東西のパラドクスを数多く紹介。そのうえでパラドクスへの考え方も、しっかり丁寧に解説した。(「BOOK」データベースより)

 

パラドクスの意味は「逆理、逆説」「相互に矛盾する命題が、ともに帰結し得ること。また、その命題」

・・・なんのこっちゃ?

 

そもそもは「正規な」という意味の「オーソ」に対して「並んだ、異なる」という意味の「パラ」が、「意見」を表す「ドクソン」と合体してできたらしい。正統的意見の「オーソドクス」に対して、ちょっと横から斬り込んだ意見が「パラドクス」なのだ。ちなみに、オーソドクス(正統)の反対語はヘテロドクス(異端)である。

 

一番オーソドクスなパラドクス(?)は『うそつきのパラドクス』だろう。

ある人がこう言った。

「私がいま話していることはウソです」

・・・・・一瞬考えてしまうが、どないやねんとツッコミたくなる言葉である。

 

この類のパラドクスは身の回りにもたくさんある。例えば「張り紙禁止の張り紙」「静かにしろ!という怒鳴り声」「例外のない規則はないという規則」「その質問には回答しないという回答」「私の命令には従うなという命令」「この賭けに私が勝たない方に賭ける」「あなたとの約束を守らないという約束」「後ろの人、聞こえなかったら手を挙げてください」など。

 

他にも『ソクラテスプラトンのパラドクス』も面白い。

ソクラテスプラトンの言うことはウソじゃ」

プラトンソクラテスの言うとおりです」

・・・・・どないやねん。

 

『人食いワニのパラドクス』

赤ちゃんを抱いた母親が散歩をしていたときのこと。突然、ワニが現れて、赤ちゃんを取り上げてしまった。ワニの言うことには、「この赤ちゃんを食べてしまおう。ただし、おまえが、これからオレのすることを正しく言い当てたら、赤ちゃんは返してやる」。そこで母親はこう答えた。「あなたは、私の赤ちゃんを食べてしまいます」

 ・・・・・どないやねん。

 

『抜き打ちテストのパラドクス』

ある先生が抜き打ちテストをすることを生徒の前で宣言した。「今度のテストは来週の月曜日から金曜日のいずれかの日に行う。ただし、抜き打ちテストだから、当日の朝、その日がテストであることが予測できないように行う」と言うのである。ところがこれを聞いたある生徒が「先生、そんなテストはできませんよ」と言いだした。

・・・・・なんで?

「もし来週木曜日までテストがなければ、私たちは金曜日の朝、その日にテストがあることがわかります。だから金曜日に抜き打ちテストはできません。ところが、金曜日にテストはできないのだから水曜日までテストがなければ、木曜日の朝に、このテストがあることがわかってしまいます。だから木曜日もテストは実施不可能です。同じように水、火、月ともテストは行えないのではないですか」

・・・・・どないやねん。

 

『アキレスとカメのパラドクス』

俊足のアキレスと、足の遅いカメが競争した。ただし、同じ位置から走り出したのでは勝負が見えている。そこでハンデをつけてアキレスがカメの後方100メートルからスタートした。アキレスは秒速10メートル、カメは秒速1メートルで走る。アキレスがカメが最初にいた地点に達するのはスタート10秒後である。アキレスはカメに追いついたと思ったが、歩みの遅いカメも10メートル先に進んでいた。さらにアキレスはその10メートルを1秒で走ったが、カメは1メートル進んでいた。さらに、アキレスがその1メートルを進んだとき、カメは10センチ進んでいた。さらに、アキレスがその10センチを進んだとき、カメは1センチ進んでいた。以下これが続き、アキレスは決してカメを追い抜けない。

・・・・・どないやねん。

 

『砂山のパラドクス』

砂山がある。そこから砂を一粒取り去っても、それは砂山と呼べるだろうか?砂の粒が一粒ある。これは砂山だろうか?

砂一万粒は砂山である。

砂n粒が砂山なら、砂n−1粒は砂山である。(砂10000粒が砂山なら、砂9999粒は砂山である)

砂一粒は砂山である。(砂2粒が砂山なら、砂1粒は砂山である)

・・・・・かなり苦しいが、この理屈だと髪の毛が一本でもハゲではない。(当然わたしはハゲではない)

 

ああ、この世はなんて矛盾であふれている世界なのだ!(嘆き)