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じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【105】サマセット・モーム『月と六ペンス』

月と六ペンス (新潮文庫)

ある夕食会で出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは―。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。(「BOOK」データベースより)

 

『月と六ペンス』は作者もいっているように、ポール・ゴーギャンにヒントを得て書かれたものだが、ストリックランドとゴーギャンに共通するものは少ない。ストリックランドは『月と六ペンス』の主人公であり、それ以外の何者でもない。また、語り手の「わたし」も作者と重なる部分はあるものの、「わたし」は「わたし」であって、作者ではない。(中略)1919年に出版されたこの作品、ゴーギャンモームも忘れて読んでほしい。この物語はこの物語で見事に完結している。(訳者あとがき)

 

証券取引所で働く主人公チャールズ・ストリックランドは突然、妻子を捨てて家を出る。

安定した生活に社会的価値があることも、秩序だった幸福があることもわかっていた。それでも、血管をめぐる熱い血が大胆な生き方を求めていたのだ。安全な幸福のほうにこそ、空恐ろしいものを感じていた。心が危険な生き方を求めていた。変化をーー未経験の変化と心の高鳴りを得られるなら、切り立った岩も暗礁も物ともしない覚悟があった。(p.38)

 

語り手の「わたし」と主人公のストリックランドの会話

「あなたは人でなしだ」

「たしかに」

「少しは恥ずかしいと思わないんですか」

「ああ」

わたしは攻撃の手を変えた。

「みんな、あなたをろくでなしと呼んでいますよ」

「いわせておけ」

「憎まれようが蔑まれようが、どうでもいいんですか?」

「ああ」(p.73)

「女ってのは精神が貧困だ。愛、何かというと、愛だ。男が去る理由は心変わりしかない、と決めつける。きみは、わたしを女のためにこんなことをするような馬鹿だと思っているのか?」

「奥さまを捨てたのは、女性が原因ではないんですか?」

「冗談じゃない」

「名誉にかけて?」

どうしてそんな質問をしてしまったのか、自分でもわからない。青くさいにもほどがある。

「名誉にかけて」

「じゃあ、どうして奥さまを捨てたんです?」

「絵を描くためだ」(p.76)

 「みんながあなたのように振る舞ったら世界は回らなくなるでしょう」

「ばからしい。おれのように振る舞いたいやつなんかいるものか。たいていの人間は退屈な生き方に満足してるんだ」 (p.88)

 

ディルク・ストルーヴェは画家としての才能はなかった。だが取り柄はある。売れるのだ。それに卓越した観察眼があった。誰よりも早くストリックランドの才能を見いだし、惚れ込んだ。

「僕の評価がまちがっていたことがあるかい?はっきりいうが、あの男は天才だ。まちがいない。もしも百年後に僕らの名前が残っているとしたら、それはチャールズ・ストリックランドの知り合いとしてだ」(p.118)

「おまえは、どうしてそんなふうに考えるかなあ。世界でもっとも貴重なものである美が、散歩の途中でふと拾う浜辺の石ころと同じようなものだと思うかい?美とは、芸術家が世界の混沌から魂を傷だらけにして作り出す素晴らしいなにか、常人がみたこともないなにかなんだ。それもそうして生み出された美は万人にわかるものじゃない。美を理解するには、芸術家と同じように魂を傷つけ、世界の混沌をみつめなくてはならない。たとえるなら、美とは芸術家が鑑賞者たちに聴かせる歌のようなものだ。その歌を心で聴くには、知識と感受性と想像力がなくてはならない」(p.120)

 

才能豊かな貧乏画家ストリックランドをストルーヴェは放っておけない。ある日、病気になったストリックランドを自分の家で妻ブランチに看病させ、体調が回復したストリックランドに自分のアトリエも提供し、果ては妻ブランチさえも奪われる。

「お願いだから、黙っていかせてちょうだい」やがて、ブランチがいった。「わたしはこの人を愛しているの。わからない?わたしはついていきたいの」「だけどきみはわかっていない。この男と出ていってもきみは絶対に幸せになれない。自分のためにもいっちゃだめだ。どんなことになるか、わかっていないんだ」「あなたが悪いのよ。あなたが、この人をうちへ連れてくると言い張ったのよ」(p.177)

 

ある日、ストリックランドとブランチは大喧嘩。ブランチは自殺する。愛する妻を亡くした悲しみとストリックランドに対する怒りを心に抱えたまま、ストルーヴェはストリックランドに与えたアトリエに向かう。そこで観たブランチをモデルにしたストリックランドの作品に驚愕する。

 「絵だよ。ほれぼれするような出来だった。触ることもできなかった。怖かった」(p.232)

 

救いがたい道化者のストルーヴェ。彼にとっての美とは、信者にとっての神と同じだった。

「ストリックランドに会って、なんといったんだい?」「いっしょにオランダにこないかと誘った」わたしは口もきけなかった。言葉を失い、ただただストルーヴェの顔をみていた。「僕たちは同じ女を愛した仲だ。(中略)」「それで、あいつは?」「少し笑った。僕のことを大ばか者だと思ったんだろう。そんな暇はないといった」断るにしても言い方があるだろうと思わずにはいられなかった。「僕にブランチの絵をくれたよ」(p.235)

 

ストリックランドの女性に対する論理。彼が女性にモテるのもわかる気がします。

 「女は自分を傷つけた男なら許せる。だが、自分のために犠牲を払った男は決して許せない」

「愛などいらん。そんなものにかまける時間はない。愛は弱さだ。おれも男だから、ときどきは女が欲しくなる。だが、欲望さえ満たされれば、ほかのことができるようになる。肉欲に勝てないのが、いまわしくてしょうがない。欲望は魂の枷(かせ)だ。おれは、すべての欲望から解き放たれる日が待ち遠しい。そうすれば何にも邪魔されず絵に没頭できる。女は恋愛くらいしかできないから、ばかばかしいほど愛を大事にする。愛こそ人生だと、女は男に信じこませようとする。愛など人生において取るに足りん。欲望はわかる。正常で健全だ。だが、愛は病だ。女は欲望のはけ口に過ぎん。夫になれだの、相手になれだの、連れ合いになれだの、女の要求にはがまんならん」(p.248)

「女は男を愛すと、魂を所有するまで満足しない。女は弱いから、相手を支配しようと必死になる。支配するまで決して満たされない。女は狭量だ。抽象的な考えには腹を立てる。理解できないからな。物にばかり目がいき、理想に嫉妬する。男の魂は宇宙の果てをさまようが、女はその魂を家計簿の項目に入れたがる。おれの妻を覚えているだろう。ブランチも、そのうち次々にいろんな手を使うようになった。驚くほどの粘り強さで、おれを罠にかけ束縛しようとした。おれを自分のレベルに引きずりおろそうとしたんだ。おれ自身には関心がなく、ただおれを自分のものにしたがった。おれのためなら喜んでなんでもしたが、おれが唯一望んだことだけはしてくれなかった。つまり、おれを放っておくことだけは」 (p.249)

「女ってのは変な生き物だよ」ストリックランドはクトラ医師にいった。「犬のようにあつかい、手が痛くなるまで殴っても、まだ愛しているという」肩をすくめ、言葉を継いだ。「もちろん、女に魂があるなんていうのはキリスト教のたわごとだが」(p.344)