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じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【81】椋 鳩十『感動は心の扉をひらく ーしらくも君の運命を変えたものは?』

何が人間の才能をひきだすのか。感動は人間を変える。何に出会い、何に感動するか。この本は、1981年9月20日(伊勢原市民文化会館)『よい本をひろめる会』主催の講演をもとに編集したものです。(「BOOK」データベースより)

 人間は月で自動車を走らせる科学技術を持ちながらも、コウモリのように百万分の一の超音波を感じることはできないし、トカゲのようにしっぽを思いのまま自分の肉体から分離させピンピンと動かすことはできない、ましてや簡単に再生することもできない。ハチの巣やクモの巣なんて人間が作るには非常に困難だ。我々の周囲に生きているものは、一つ残らず全部不思議な力を持っている。大自然は全部に何らかの力を与えている。しかし、トカゲはトカゲの持つ力しか出せません。何千匹いようが同じです。人間はどうでしょう?人間は人間としての力が与えられているのです。考える力、しゃべる力、ものを感じる力、走ったり、泳いだり、歌ったり、踊ったり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだり、愛しあったり、ときには殺しあったり、自殺までしちゃうのです。人間には個性というものがあります。歌の上手な人、楽器の演奏が上手い人、絵を描くことの上手い人、天文学者や発明家のような天才だっている。みんな我々と同じ人間で仲間なんです。

人間ていうやつは、人間の数ほど才能にも個性があるんです。そうして、どんな人間でも、必ず何かを持っておる。昔から、人間には、くずがないと言われておるが、必ず何らかの力を持っておる。必ず。私も、あんたも、あんた方のお母さんも、おじいさんも。みんな持っておる。いろいろなことによって、出ないだけだ。(p.20)

日本の脳細胞の学者に言わせると、同じ民族ならば、脳細胞の数はほとんど同じでしょう。脳細胞の数が同じということは、生まれたときから、頭のいい、悪いという差がないということですよ。うちの子供は、気が小さくて、意気地がなくてだめだと言う。人類で、いかに偉そうなことを言おうと、いばろうと、気が小さくって臆病でない者はないんです。人類というのは、気が小さくて、臆病なんです。だから、いろいろなことを考えて、今日の人類の繁栄があったんです。気が小さくて、臆病で、くよくよするというのは、自分の子供ばかりではないんだ、全人類の子供がそうだ。全人類そのものがそうなんです。(p.32)

 子供の才能にふたをするのは簡単です。子供に「おれはだめだ」という気持ちをしっかり植えつければいいのです。劣等感を与えるのです。劣等感を植えつけられた人間は立ち直るのが非常に困難です。しかし、考え方一つで劇的に変われるのも事実です。心を変えてしまえばいいのです。心を変えるもの、それは「感動」です。

 著者の小学校時代の同級生に「しらくも」と呼ばれていたイジメられっ子がいました。彼は「しらくも」という頭に白い粉のふく小さいおできがたくさんできる病気を患っていました。頭にできものができていたということと、学校の勉強ができなかったというだけで、みんなからバカにされ、のけものにされ、そして先生からも見捨てられました。月日は流れ、その彼が大人になり子供を授かりました。彼の子供が高校二年生の夏休みの前の日、厚い本を三冊借りてきました。ところが一向に読む気配がありません。しらくもは我が子を奮い立たせようと、子供に「お父ちゃん、これ一冊読んだぞ」と励ましてやろうと必死で読みました。命がけで読みました。もうやめようか、やめようかと思って読んでるうちに、その本の内容に感激し、三冊を三回読み切りました。ジャン・クリストフはどんな苦しみの中に落ち込もうが、必ず這い上がってくる。絶望の底に落ちてもまた這い上がってくる。いじめられていた少年時代のしらくもと重なります。彼は絶望という言葉を知らずに火のごとく生きている。しらくもはジャン・クリストフの生き様に感動しました。この人生を燃えて生きたい。この人生を、生きたという本当の生き方をしてみたい。一念発起、百姓だった彼は農業の専門書を読み漁ります。分からないところは村役場の専門家に聞きに行きます。専門書15冊を暗記するほど読みました。その後、しらくもは誰もが認める農業の指導員になったそうです。