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じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【75】上岡 龍太郎&弟子 吉治郎『上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量』

上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量

上岡龍太郎のマラソンは愛と勇気と練習量

語りの天才、上岡龍太郎はいかにしてマラソンランナーになったか。師弟が綴る「上岡ランニングワールド」。 (「BOOK」データベースより)

 

 上岡龍太郎さんは49歳からマラソンを始めた。初めてのフルマラソンは第19回ホノルルマラソン(記録は6時間3分31秒)。サロマ湖100kmウルトラマラソンの初参加が52歳、初完走が53歳。記録は12時間3分4秒。第17回ゴールドコーストマラソンでは42.195kmを3時間48分25秒で走り抜いた。

  「他人が見て、美しい、カッコイイ」と言われることを目標に幼い頃から自分を育てていった上岡さん。「正は美となり、美は形をなす」マラソン美学は「美しく走り抜く」である。汗まみれ、泥まみれは上岡流ではない。あくまでも涼しげでクール、知的で美しく、楽しいランニング。これが上岡流なのだ。

 

泥まみれにならない、汗まみれにならない、もちろん血まみれになど絶対にならないという上岡美学は、幼児のうちに育まれ、年齢とともにますます磨きがかかっていった。上岡の人生哲学に大きな影響を及ぼした父為太郎は「若いときの苦労は買ってでもしろ、というのは大間違い。苦労なんか買わなくとも、あとでイヤというほど経験できる」が口癖で、上岡は「迷ったら楽なほうを選ぶ」を指針として生きてきた。(p.30)

 

 激しく同意する。苦労はしないに越したことはない。人生は短いのだ。

 では何故、上岡龍太郎は成功したのか。生まれついての天才なのか。答えは簡単。苦労は嫌いだが努力は好きなのだ。

 東映時代劇の大スター片岡千恵蔵扮する「正義と真実の使徒、藤村泰蔵」が上岡少年のヒーローだった。不正なす政治家、妄言で人心を惑わす宗教家、非科学的たわごとで金員をむさぼる占い師、嘘つきジャーナリズムに完膚なきまで鉄槌を振るってきた上岡龍太郎の信念にはいつも「正義と真実の使徒」が存在している。これがマラソンにも反映されているところがすごいのだ。

 

ランナーたちがいかに「マラソンって楽しいですよ」と語ってみても、世間は全く受け入れない。走りもせずに「あんなしんどいことをよくやるね!マゾじゃないの」とあざけるばかり。しかしこの指摘は論理的ではない。しんどいということだけ言うなら、テニスだってしんどいし、野球だってしんどい。ボクシングなんかしんどい上に痛いし、相撲はしんどい上にデブになる。スポーツの属性の中に、しんどいということは折込済みなのである。経験的に言えば、一日中ずっと寝ている方が、ジョギングしているよりずっとしんどい。(p.60)
3日走って1日休むのが理想的なローテーション。1回に5kmずつ、週末には20km、これで月間150km。市民ランナーがフルマラソンを4時間から5時間で走るための目安である。(p.156)

 

 上岡さんがマラソンを始めた頃は、月間200kmを目標にしてきたというから驚きだ。

 サロマ湖ウルトラマラソンの80km地点からワッカ原生花園9kmの往復がある。入っていくときボロボロだった人が出てくるときは顔が輝いているという。初参加のときは自分がこの空間に入っては失礼だという理由から手前でリタイアした上岡さんだったが、2回目のときはこの空間に入って確信した。まさしくそこは人を神に変える空間だと。おまけに原生花園の中のエイドステーションの女の子がじつに可愛くて、まさに天使だったという。やはり天使に会うには努力が必要なのだ。