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じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【40】村上 龍『69 sixty nine』

69(Sixty nine)

69(Sixty nine)

ビートルズのメロディーが流れ、ヒッピーが愛と平和を訴えていた1969年、ぼくは17歳。無秩序で無垢なエネルギーが爆発する、明るくキケンな、話題の自伝的青春小説。 (「BOOK」データベースより)

著者の村上龍さんが『あの頃の仲間達』に捧げた自伝的青春小説。すごいエネルギーが全編にみなぎっている作品ですね。学生闘争が吹き荒れる1969年、高校三年生の矢崎剣介(著者がモデル)が親友の山田正(アダ名はアダマ)らと共に日々勉学に勤しみ、部活に汗を流し、恋に打ち拉げられ、若き苦悩を描いた純文学作品、というのは嘘で、ありあまる若い力を『何か楽しいこと』にすべてを注ぎ込んだ著者自身の回想録であり、今の時代の若者やあの頃の仲間達に向けたメッセージである。

読んでいると懐かしい記憶が蘇る。あの頃の自分も蘇る。あの時の風景や感情が蘇る。

今思えば、あの頃の「わけのわからないパワー」の源は、やはり、この本の主人公と同じで、「女の子にモテたい」であるのは間違いない。

 女の子の気を引きたい為だけに映画監督になってみたり、バンドを組んでみたり、学校をバリケード封鎖したりする。

若気の至りでいいじゃないか。

著者の村上龍さんがあとがきにこう記している。

この本は、1969年に、高校生だったわたしのまわりで起こったことの一部を書いたものだ。1969年に生まれた人々は、ひょっとしたら今(1987年5月)高校生なのではないだろうか?できれば、そんな人達に、読んで欲しい。これは楽しい小説である。こんなに楽しい小説を書くことはこの先もうないだろうと思いながら書いた。この小説に登場するのはほとんど実在の人物ばかりだが、当時楽しんで生きていた人のことは良く、楽しんで生きていなかった人(教師や刑事やその他の大人達、そして従順でダメな生徒達)のことは徹底的に悪く書いた。楽しんで生きないのは、罪なことだ。わたしは、高校時代にわたしを傷つけた教師のことを今でも忘れていない。数少ない例外の教師を除いて、彼らは本当に大切なものをわたしから奪おうとした。彼らは人間を家畜へと変える仕事を飽きずに続ける「退屈」の象徴だった。そんな状況は、今でも変わっていないし、もっとひどくなっているはずだ。だが、いつの時代にあっても、教師や刑事という権力の手先は手強いものだ。彼らをただ殴っても結局こちらが損をすることになる。唯一の復しゅうの方法は、彼らよりも楽しく生きることだと思う。楽しく生きるためにはエネルギーがいる。戦いである。わたしはその戦いを今も続けている。退屈な連中に自分の笑い声を聞かせてやるための戦いは死ぬまで終わることがないだろう。