じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【10】デイヴィッド・グーディス『ピアニストを撃て』

ピアニストを撃て (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
指が愛おしそうに鍵盤を撫で、暖かく快い音がピアノからこぼれだす。場末の酒場に立ちこめるタバコの煙と酒の臭いのなかに、メロディが流れてゆく。男が一人、音楽を頼りによろよろとピアノへ向かってきた―長年会うことすらなかった兄が突然姿を見せたとき、しがないピアノ奏者エディの生活は急転した。兄を追って二人の男が現われ、エディはとっさの機転で兄を店外に逃がしてやる。だがそれがきっかけで、彼はギャングとのトラブル、そして自身の過去の傷と向き合うことに…フランソワ・トリュフォー監督が映画化した、ノワールの名作。(「BOOK」データベースより)

ハードボイルドな感じが、やっぱ好きなんでしょうね、男って奴は。あの独特なセリフの言い回しがいいですよね。

酒場「ハリエッツ・ハット」のピアニスト、エディは店に逃げ込んできた二番目の兄ターリーを追っ手から逃がすため手を貸す。そのことが原因でウェイトレスのレナと共にトラブルに巻き込まれていく物語。

主人公のエディはピアノの腕は一流だったが、なかなか芽が出ないでいた。ピアノ講師の仕事で生計を立て、生徒だった女性と結婚する。妻の仕事先のカフェで彼は有名な音楽プロデューサーと出会い、トントン拍子にことが進み、コンサートピアニストとしてプロデビューを果たすことになる。エディのピアニストとしての輝かしい未来が待っているかに見えたが、そもそものデビューのきっかけは、エディの夢を叶えるためにとった妻のプロデューサーへの献身的な肉体の奉仕だったのだ。精神状態の悪化した妻は自ら命を断ち、エディは一人さまよい、酒場「ハリエッツ・ハット」に流れつく。

次兄ターリーと長兄クリフトンを追いかける二人組の男達はエディから彼らの居場所を聞き出そうとするがなかなか思うようにいかない。酒場「ハリエッツ・ハット」の用心棒、元有名プロレスラーのハガーは二人組にエディの情報を売った。そのことに腹を立てたウェイトレスのレナはハガーを虫ケラと罵る。レナを殴りつけるハガーをエディは正当防衛ではあるが誤って殺してしまう。警察から逃げるために兄たちの隠れ家に身を隠すが追っ手の二人組に尾行され、その場で撃ち合いの末、レナは凶弾に倒れる。悩み、苦しみ、辿り着いたさきに見える世界をエディはピアノの旋律に変えていく。

ミステリー評論家の吉野仁氏は解説にてこう語っている。

この物語では、つねに雪におおわれた夜の街が描かれている。ちょうどそれは白鍵と黒鍵から成るピアノのメタファーでもあるのだろう。まさにグーディス小説のメイン・テーマではないか。純白と漆黒の狭間に空いた底なしの深淵へ堕ちることだけが定めの男。唯一、残ったのは指先に宿る旋律のみ。心をゆさぶるメロディーが行間から聞こえてくるようだ。(p.198)

栄光と挫折。エディが誤って葬ってしまった元プロレスラーで用心棒だったハガーと一流ピアニストだったエディ。かつては脚光を浴びた二人の崩壊していく様は悲しいほどに似ている。エディは壊れていく自分自身を葬ったのかもしれませんね。