読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

じんの読書ノート

まぁ、とりあえず本でも読みましょうか。

【6】三島 由紀夫『金閣寺』

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

一九五〇年七月一日、「国宝・金閣寺焼失。放火犯人は寺の青年僧」という衝撃のニュースが世人の耳目を驚かせた。この事件の陰に潜められた若い学僧の悩み――ハンディを背負った宿命の子の、生への消しがたい呪いと、それゆえに金閣の美の魔力に魂を奪われ、ついには幻想と心中するにいたった悲劇……。31歳の鬼才三島が全青春の決算として告白体の名文に綴った不朽の金字塔。(「BOOK」データベースより)

三島由紀夫から紡ぎだされる言葉たちはどうしてこんなに繊細で美しいのだろう?まるで上質なクラシック音楽を聴いているかのようにリズミカルに心に響く。

この作品は実際に起きた金閣寺放火事件をもとに書かれたフィクションである。

1950年7月2日未明、見習い僧侶であり大谷大学学生の林承賢(当時21歳)が金閣寺放火の容疑で逮捕された。動機は「世間を騒がせたかった」や「社会への復讐のため」とされている。しかし、実際には彼自身が病弱であること、重度の吃音症であること、実家の母から過大な期待を寄せられていることなどの複雑な感情やストレスが犯行理由ではないかといわれている。また、服役中に統合失調症精神分裂病)の明らかな進行が見られたことから、事件発生当時、既に統合失調症を発症しており、その症状が犯行の原因の一つになったのではないかという指摘もある。

そして、この複雑なテーマから、この事件をモチーフに多くの作家が文学作品を創作している。

三島由紀夫は「自分の吃音や不幸な生い立ちに対して金閣における美の憧れと反感を抱いて放火した」と分析したほか、水上勉は「寺のあり方、仏教のあり方に対する矛盾により美の象徴である金閣を放火した」と分析した。

事件後、林の母親は、「あの子は国賊です。」という言葉を残して、実弟の実家がある大江への帰途、山陽本線の列車から保津峡に飛び込んで自殺した。

その翌日、林は拘置所で次のような手記を書いている。

 生とは如何、生死なんて全く無意味だ。世の馬鹿面達諦聴せよ!何の意味がある。―こんな事書くのも意味がないが― 三度三度飯を食い、又寝ね、泣いたり、笑ったり、怒ったり、毎日毎日くりかえしている。如何に如何に。しかし意味ないと云いながら、やはり自分も意味ないことをやっているんだな。何ものが欺くさせるんだ?敢えて云う、全く意味ない。地球は廻り四季巡行す。一体何だ。人間て何だ。

 この三島由紀夫の「金閣寺」や市川崑監督によって映画化された「炎上」などで金閣寺の美しさが強調されているが、実際のところ、焼失前の金閣寺にはほとんど金箔は残ってはおらず、銀閣寺と同じような古い楼閣だったらしい。

よって、犯人の青年僧が金閣の美しさゆえに放火したとは考えにくい。終戦直後の京都は現在のような観光とは程遠く、お寺の経営も苦しく、下働きの若い僧侶たちの待遇は最悪だったそうだ。青年僧の放火の理由はこうした待遇に対する不満のあらわれで、決して金閣寺の美しさが原因ではないという意見もある。

現実に起こった金閣寺放火事件とフィクションとしてデフォルメされた「金閣寺」ではやはり内容が異なる。

犯人の林は寺の裏にある左大文字山の山中で薬物のカルモチンを飲み切腹してうずくまっていたところを発見されている。一命は取り留めた。しかし、本作「金閣寺」の主人公溝口は放火後、燃え盛る炎から恐怖のあまり裏山に逃げ込み、小刀とカルモチンを谷に投げ捨て、たばこを吸いながら「生きよう」と決心する。

この時吸っていたたばこの火の始末はどうだったのか気になるところだ。